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心の豊かさとは 財力でしょうか 物力でしょうか 権力でしょうか それとも知識でしょうか おもいやり ということ 考えてみませんか・・・・・ 無名の禅僧・治海 <小冊子 『心の小さな灯』 第一集 〜おもいやり〜 より> 〜おもいやり〜 31 善行は 報いを期待した瞬間に 善行でなくなる 充分に承知いているつもりだが、 いやらしい私は、どこかで期待している 礼状がこないかとか、 うまくできたとほめてくれないかなとか、 さいそくするような時さえある どう、おいしい?とか 今日の言葉はどうだったか?とか 治海 〜おもいやり〜 32 知っていることと できることは ちがうよ やってみよう 治海 〜おもいやり〜 33 だんだん小さくなる 食卓 六人用の大きな食卓を買い込んだのは 二十年前のことである 三人の子供と私達、大きすぎてと思っていたが 子供が大きくなり、全部そろうと身が細るような狭さだ 一番小さいのが妻、その次が私である 最近、長男が結婚して新居をかまえ、 二男が静岡に就職して、家には三人しかいない でも一向に食卓は広くならない 余裕のあるところに、老眼鏡やら、筆立てやら、 新聞やら、調味料入れやら、持薬やら、 色々と置いてしまう 私のものが一番多い いつまでたっても狭いままで、 手の届く便利さを優先してしまう 治海 〜おもいやり〜 34 おもいやりは つらいもんだな 他の章と違って おもいやり は つらくて暗いような気がする 心の底からでるからかもしれん 現実的だから、真実だからかもしれん まだ届かぬ理想や、 見たまま、聞いたままの方が気が楽である おもいやらねばならないことは、 自分と相反するものがそこに存在していて、 考えの違いや、行ないの違いや、 未経験なことに対して 「おもいやる」自分の実体験がでてしまう こう おもいやりたい ということではない 自己中心的では おもいやり にならない そこでつい失敗談が多くなり 暗くつらいものになってしまう 治海 〜おもいやり〜 35 気づかなかった 芋畑 少年達がお借りした畑に、 御指導を頂きながら 馬鈴薯と甘藷を植えている 持ち主から手入れが悪いと苦情あり 子供に体験してもらうためで、 多少草が多くても ガマンして欲しいと思ったが、 持ち主は自分の畑であり、 同じ農家からダラシナイと思われると 言うのである 借りてしまえばコッチのものという考えしかなかった 同じ獲るなら手入れして多くの実りをした方がいいと お教えなさいと言われたとか 治海 |
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